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    「随分早いのね」

    「へえ、いえ」

    「さつき、河原で、先生に会つたんでさあ。――往診に出かけなさる途中でね」

    「なにぶん山の中でございますから、折々にこんなことがございます。」

    云ひ終ると、直造は叮重ていちように頭を下げた。

    「ふうむ」

    「はい、若先生に代りに行つてもらへとおつしやいました」

    徳次は何かしら話に困つていた。で、彼は真面目な熱心な目つきで犬を眺めた。ところが、この犬まで普通のものとはちがふやうに思はれた。それは確かに「医者の犬」だつた。短い白毛の生えそろつた地はちつとも汚れていなかつた、茶斑の所は艶があつて上等の織物の模様みたいであつた。そして、全体に清潔でゆつたりしていた。

    今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。

    房一はその時逸いち早く、横に寝かされている男の投げ出した手首に血がかすりついているのを、そして寝ながら立てている片足のズボンの膝のあたりにもどす黒い斑点の沁みているのを見てとつた。

    「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」

    その塗りの色の落ちついた外まはりの築地塀、よく拭きこまれた廊下、塵一つ落ちていない部屋々々、渋い雅致のある床の置物だの掛軸、これらすべての上に現れているどこか神経質でさへあるよい趣味と堅固さ――さういふ外見にかかはらず、大石医院では年来をかしなごたごたが繰り返されていた。

    「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」

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